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早稲田大学大学院教授・北川正恭氏の本音トークを聞く

2009年 5月 29日
講演される北川教授

講演される北川教授

 5月28日(木)、公務で日帰り出張、場所は佐賀県唐津市「唐津シーサイドホテル」で行政の研修を受けました。北川教授の講演テーマは「行政経営を実現する行政評価」。当然のこととして、テーマについてのご講演、ご示唆はありましたが、私のブログ(Sumio Column)で北川教授の本音トークのいくつかをご紹介します。

 北川教授については、高名な先生で、あえて私が紹介する方ではないと思いますが、2008年3月「地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合」(せんたく)を立ち上げ代表に就任。現在、早稲田大学大学院公共経営研究科教授、「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)代表であります。

 配られたレジュメは1枚、その1枚に北川教授の思いが込められていると感じました。ご本人が自ら読み上げられました。

 以下の2つの文章です。そのまま引用致します。 

<気づき、行動、共鳴、誘発、爆発の良循環>

賢い人といわれる人ほど、固定観念に縛られているかも知れません。その場を支配する空気(ドミナント・ロジック)にあなたは流されていませんか。流されている自分に気づくことから改革は始まります。気づいたことを行動に移さなければ何も始まりません。坂本龍馬は薩摩・長州は不ぐ載天の敵との固定概念を打ち破り、誰も考えなかった薩長を結びつけ、大きな波を渦を巻き起こして明治維新の土台を築きました。今、日本に必要なことは、この柔軟な発想と断固たる決意、行動ではないでしょうか。

 「北京の蝶々」

北京で一羽の蝶々がはばたくと、ニューヨークでハリケーンが生じる。

一羽の蝶々の羽ばたきのエネルギーは微小であるが、それが共振しあって次から次へと渦を巻き起こせば、誰も予期していなかった大きなハリケーンなみのエネルギーに成長することもあるという気象学者ローレンツの複雑系理論のたとえ話である。北京とニューユークは遠く離れているたとえで、それだけの距離があれば大化けすることが可能ということである。坂本龍馬という一匹の蝶々が羽ばたいたらそれに共鳴して西郷隆盛、勝海舟らが羽ばたき、次から次へと共鳴者が現れて、大きなハリケーンとなって遂に、明治維新という天下国家事業に結びついた。誰かがやってくれるというのでは何も変わらない。あなたが蝶々となってまず羽ばたいてみませんか。

  1時間30分に及ぶ講演であったが、参加メンバーの中でも地方議員に向けた熱いメッセージを発信されたように感じた。講演内容をボイスレコーダーにも記録していないため、私の記憶に鮮烈に残っているものをいくつか列記します。

  • 現代は、激動期であるか安定期であるか、まさに大変革の時である。
  • 1853年にペリーが浦賀へ来たこと、それが「北京の蝶々」だった。『太平の眠りを覚ます蒸気船、たった四杯で夜も眠れず』、たった4隻が来ただけで、夜も眠れず、慌てふためいたのである。鎖国をしていたことで蒸気機関が発明されていたことを知らず、産業革命から取り残されていたのである。4隻の蒸気船によって気づかされ、ゆらぎ、変わらざるを得なくなり、明治維新となっていった。
  • 1871年(明治4年)人口が一番多かったのは石川で184万人いた。東京はなんと15番目であった。国の中央集権により、140年間で世界第2位の大国になった。歴史的には大きな使命を果たした。
  • 東京は、今や1200万人、東京都市圏(1都3県)で3300万人、未来は、この1都3県だけで50%を占めるとの予測がある。
  • 限界集落(住民の50%以上が65歳以上)は全国で7,818集落、やがて8,000に届くところまで来ている。創意工夫のまちづくりに立ちあがらなければ「九州の明日はない」立ち位置をかえ、昨日までのしがらみを断ち切り、理想的な新しい取り組みに挑戦すべきである。
  • 北海道夕張市は赤字再建団体となった。1円でも節約しようと、18年目で気がついた。気がついたら行動に移した。
  • 地方が変わるしかない。議会は執行部の監視だけの機能ではない。立法機能も果たさなくてはならない。執行部と対等にならなければならない。ヨーロッパは選挙への投票行為は権利との意識である。日本は違う、義務との意識である。
  • 明治維新も辺境な土地である薩長土肥が成し遂げた。
  • 地方分権は必ず進む。マニフェスト運動も定着し、選挙公約ではなく、国民はマニフェスト(国民との契約)で判断するようになった。その傾向は都会より、地方の方が顕著に表れている。選挙も情実選挙・お願いに選挙民はもう癖々している。衆無政治に別れを告げようではないか。
玄界灘の荒波

玄界灘の荒波

 昼食を終え、玄海灘を望むと大しけであった。これからの日本の行く末の厳しさを感じたのは、私一人であろうか。

From → 公務出張

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