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仏教看護と緩和ケア 川田洋一著(私の読書・第3回)

2014年 6月 5日
仏教看護と緩和ケア

仏教看護と緩和ケア

第三回目は東洋哲学研究所所長・医学博士である川田洋一氏が著された「仏教看護と緩和ケア」です。
著者である川田博士は存じあげておりましたが、著作を読むのは初めてです。釈迦が説いた八万宝蔵に及ぶ経典を自在に引用・展開されています。
川田博士の博学に驚嘆するとともに、西洋医学に対抗するのではなくケアに携わる看護師、医師等のすべての人たちが、最高のQOL(生活の質・生命の質)を確立していく方途を示されている良書であると実感しました。
私は看護を政治に置き換えて読ましていただきました。この書に出会って、自分の行動に改善が出なければならないと戒めています。
以下、川田博士が引用された文献を含めご紹介させていただきます。

・今日は科学的医療が高度に発達しています。しかし、むしろそのゆえに、かえって「手当て療法」や、「説法」ー現代的にいえば「対話」による癒しが求められているのではないでしょうか。
・山口創(やまぐち はじめ)桜美林大学準教授は『手の治癒力』(草思社)のなかで、「生老病死」のいずれの場面でも「手」によって救われるとし、次のように述べています。「病」に対しては(中略)医療や看病で手の役割をみなおし、医療の対象を病理から「人」へと取り戻す必要がある。(中略)人と人の肌の接触により皮膚感覚を取り戻し、心と体をつなぐ方向性をもつ技こそが、現代に生きる私たちに求められている。古来の手当の技を現代によみがえらせることは何より意味のあることだと思う。
・人間味あふれる看護者の「手当て」は、心身を活性化し、痛みをやわらげ、善心を呼び起こし、患者との信頼感を増幅するとともに、「自然治癒力」さえも刺激するのです。
・看護師の役割については、哲学者の沢瀉久敬(おもだか ひさゆき)博士は『医の倫理』(誠信書房)のなかで次のような論旨を展開しています。
生物的に「生きている」状態だけを目指すならば、医学的な専門知識だけで間に合うかも知れません。しかし、病人が精神的にも社会的にも「よく生きていく」状態を目指すのであれば、看護する病人が何を欲し、どのようなことを考えているのかにまで、気を配る必要があります。
ひいては人間とはどのような存在なのかという人間観、人生とはどうあるべきなのかという人生観を養うことが求められます。そのために、文学や哲学が必要だと、沢瀉博士は主張しているのです。

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